NO MORE NUCLEAR

We've had already enough
南相馬の復興
    原発はもういらない。南相馬市は必ず復興する
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南相馬通信vol.2 2013/3/11

2013 年 03 月 11 日 カテゴリ:南相馬ニュース, 運営日誌

2013年3月11日、東日本大震災から2年がたちました。
私が働く南相馬市原町区にあるデイサービスでも、14時46分、利用者と職員とみんなで黙祷を捧げました。

黙祷を終え目をあけると、涙を拭いている職員がいました。その人は津波で家を失いました。
あの日のことを思い出しざわざわすると言う職員がいました。利用者の中にも津波で命を落としたかたもいらっしゃいました。
2年という時間はたったけど、心に伏せている悲しい出来事はまだ癒えてはいないよなと感じました。

日々、ニュースでは、仮設住宅の問題、除染の問題、風評被害の問題、原発に関わる問題などの情報が途絶えることはありません。
私が働く介護業界では、人手不足が深刻です。
避難をして地元を離れた高齢者を持つ家族は、じいちゃんばあちゃんだけでも故郷にかえしてあげたいと入所施設を探しますが300人待ち400人待ちという現状で、施設数と人手が需要に追いついていない状況です。
震災前までは、歩けたのに、、。震災前までは、ボケずにしっかりしてた人なのに、、。
震災をきっかけに、体調を崩したり介護度が上がった高齢者は数えきれません。

沿岸部の風景は、震災当初、自衛隊によりきれいに瓦礫を撤去されたときから何も変わっていないように感じます。
2年たっても曲がったガードレールはそのまま、20キロ圏内の小高区には入れるようになっただけでこの1年何が変わったのか。。

それほど南相馬の復興とは長い長い道のりなんだと実感させられました。

日本中、世界中、みんなそれぞれの生活があって、それぞれの人が幸せに元気に生活してほしいと願っていますが、やっぱりこのような被災地の現状に少し目を向けてくれることで、ここにいる人は救われると思います。

2013年3月11日、被災地のこと、福島のこと、南相馬のことを想ってくれてありがとうございます。

旧警戒区域、南相馬市小高区の空。2013/2/22

No More Nuclear 川村(旧姓:鎌田)



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